Twins Story~ツインレイの話~

これまでに主ブログで書いていたツインレイの話を抜粋、更新しています。

これまでに主ブログで書き起こしたツインレイ話の抜粋と、新しく綴ってもいます。

ツインレイ~再会後の在り方~

互いが地球に肉体を持つツインレイの多くは、肉体的に一緒になる(伴にある)ものがほとんどです。ですが、それぞれのツインレイ組が決めてきた内容によっては、(霊的にではなく→)再会を果たした後、仕事のパートナーという関係性で一緒にいたり、離れて生活したりすることも稀にあります。

伴にあるか、離れているかという距離的なことなどは、ツインレイには関係のない話です。ただそれぞれが、ここへ来る前に二人で決めてきた在りようのままに在るだけであり、そこに自身のレイ相手をコントロールして支配下に置くようなことはしません。伴に在り、家庭を築くことを計画してきた者たちはそう在り、離れて互いを支え合うことを選んできた者たちはそう在る、それだけのことです。

互いが地球へ計画してきたことが“離れて在る”ことだった場合、ご自分の中に〈ツインレイ〉という存在への執着があると、その魂の意図を受け入れられなかったりしますが、その執着を起こしている観念を見つめていくことでそのブロックは外れます。そういった過程もまた必然であり、魂からの意図であるなら、やり遂げられないことはありません。

(“伴に在る”という意図であっても、執着からツインレイを求めているのであれば、同じように観念を外す必要はあります。)

(魂の意図、ここへ来て何をする計画であったのか、そういったことを思い出すには、自身の内へ深く入っていくことです。内観していき、根源愛を思い出されるようになると、そういった事も思い出されてきます。)

求めずともそこに在り、(霊的に、も)伴に在るのがツインレイというものです。離れているように見えるのは物理的な目で見える現象であって、いつでも二人は一つです。

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ツインレイ~ツインレイが出会うのは~

地球最終の最後にツインレイと出会うのは、それまでに地球で生活、転生してきたなかで積み上げてきた観念や概念やらDNA関連など諸々を綺麗にクリアにして、根源愛を思い出し、自身も含めた皆が愛であることを体感し、この肉体の終わりにその根源へとまた再び還るためへの過程でもあります。(別の面では、以前書いたように、地球へ根源愛を広めるためです。)

細部までクリアにしていくために、必ずしも自身のツインレイと出会う必要があるわけではなく、個々の流れによっては、他者との多くの出会いによって、自らだけで意識変化を起こす方もいます。ツインレイと出会って意識変化をするのか、出会う前に済ませてしまうのかは、その方がどういった道程の過程を踏むことになっているのかで違ってきます。どちらの方が良いとかという訳ではなくて、個々の決めてきた流れによる違いです。

ツインレイに出会われた方は、ご自身のレイ相手を鏡として、自分を見つめていくことになります。それは、他のソウル関係の人との出会いでは昇華しきれなかった深い部分までくまなく起こり、他の人との出会いよりも早い速度で行われていきます。(“自身を見つめること”を拒んだ分だけ、この過程は長く続きます。それも必然の流れでもありますが。)

見つめることを拒否しても、それは必ずあなたの前に映し出されます。自我に翻弄された意識であると、それはある種、修業のように感じられるかもしれませんが、ご自身の意識、気持ち一つで、それは真反対に感じられるものです。自我と一緒にならず、ご自身と、目の前に映し出されるものを、客観的に観察されてください。

 

あなたの道程に愛を込めて。

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雑記〔根源“愛”〕

根源愛の愛は、三次元での“愛する”“愛される”とは違います。行為ではなく、それはただ愛です。
愛そのものであるすべてを、あなたを、感じてください。

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『宇宙として』

自分のレイ相手が誰であるとか、どういう人であるとか、また、自分はどんな人であるかとか、どういうツインレイ体験をしてきただとか…、そういった部分は他者には関係のない話だが、
ツインレイが一つになる(←これは比喩だけれど。)ということや、そこから生み出されていくものというのは、宇宙にとっては大切な循環である。

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[補足:概念などについて]

ツインレイ概念等について書きましたが、決して概念やメソッドなどを否定しているわけではありません。そういう二元性からお話ししているわけではなくて、すべてがいい、という中から、敢えて言葉にしているだけです。だから、概念やメソッドが好きでそれを大事にしていくことも当たり前に“有り”です。自分が否定したときにだけ、それが“無し”に変わるだけです。
根源(空)は、何かをだめだともいっていないし、これをしなさいとも強制はしていません。そういう観測は、観察者の観念などによるフィルターを通して見ることによって、善悪などが見えるものなので。例の如く、そのフィルターがあるのがいけないとかっていうことではないです。
概念などに沿うのが好きなら、それを選んでいかれればいいですよ。それは、誰しもにある自由での選択です。

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ツインレイ~ツインレイ概念等~

ツインレイ概念(並びに、そういった組に対しての概念等)は、単に概念であるので、そういうものが二人がツインレイである証をくれるわけではありません。概念から証を得られたとしても、それは一時的でしょうし、簡単に揺らいでしまうものです。ご自身の内側からの確信を得ていかれると、その後自我でどんなに翻弄されたとしても、その確信は消えることなく、確かなものとしてあなたの内に有りつづけます。
概念やメソッド的なものを重視するあまり、それに沿わせるようご自身や相手をコントロールするのは得策ではありません。第一に、この体験は、三次元にあるような何らかの方法や法則で、自我からの“私”が動かしていくものではありません。動かされていき、それにより行動していくものです。ツインレイというものが存在することを知る切っ掛けとしては、ツイン概念等はとても参考にはなりますが、あくまでも、それは参考です。第三者の見解や概念などに従い続けていくことは、ご自身のことを放り出し、他者に明け渡していることになります。
ツイン概念等も、いつかは手放されていくものであり、その後の体験はあなた(たち)が造っていくものです。大切なのは、個としてあるあなた(たち)の体験や体感です。見つめる(重視する)のは、あなたご自身の事です。

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[補足:分離意識について]

分離意識から統合意識へということを度々書いていますが、分離意識が悪いとか、統合へ至らなければならないとか…、これはそういった二元性での話ではありません。また、統合意識(根源や真我)へは、その人の時期が来ればその流れによって至っていくものなので、自我で辿り着くというものでもないです。(勿論、それが悪いという話でもなく。)

分離意識であると、自我を自分自身だと思い込んでいたり、色んな概念などから選択したいことを選べずにいる状態であったりします。そんな自我に翻弄されている状態も、別の視点から見れば必要な体験の過程でありますし、その状態でいることを自ら選び続けることも出来ます。けれど、逆にそうじゃない方もありますよという、これはそういうお話です。

自我に巻かれた状態から、そうではない状態へと至るための方法が、内観する・自分を見つめていくことです。(方法はこれだけではないです。また、人によってどれの方法が合うとか色々あります。そのあたりは、ご自身で探ってみてください。)

三次元社会などの概念からではない、選択、創造する〈自由〉が誰にでもあります。ご自身の内側にある宇宙へと辿り着くと、よりそれを体感から実感できるでしょう。勿論、どういう選択をされるかは、あなたの自由です。

 

(全体性の一つでありながら個としてもあるのが、この〈地球〉という場所なので、統合意識へ至った後でも、希薄ですが個としての分離意識も普通にあります。“両方の意識を使いながらここでの暮らしを体験、そして創造している”といった状態です。)

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